2007-2-8 Thursday

思索

Filed under: 前田日明ブログ — Maeda Akira @ am 6:41

この頃は、世の中全体が人間の成熟を否定し、その価値観を拒否する風潮が当
たり前の様に成って来たけれど、それってどうなんだろう。
真の意味で大人に要求される事は、得てして責任であったり、他に対しての情と
理の高い位置でのバランスで有ったりする。
平成の御代の今、果たして本当の意味での大人はどれだけ居るのか?
都合のいい意味で大人と言う言葉を使っている連中は多い。

よく20歳過ぎた自称アーチストの芸能人なんかが、よく大人は『ずるい』とか
『汚い』なんて発言することで、精神的に幼い坊ちゃん譲ちゃんの仲間の振りを
し、金儲けに成功する。汚くてずるい素質を持つ奴ほど、このパターンと、その
応用の、子供騙しをよく使う。同じ様な手口は、文化人気取りの連中にもよく見
受けられる。この場合では、大人の代わりに『権力』『組織』と言った言葉を使
い、子供の代わりに『真実』『正義』などと言う言葉を使う。
いたいけなく信じているとろくな事は無い。大体はやられっぱなしだ。

大人がずるかったら、子供は何だろう?
それは残酷さ。子供の純粋さは教育的誘導が無いと善悪両方に同じ純粋さを発
揮する。
子供の遊びは残酷だ。ただ面白いというだけで、蝶の足を平気で毟ったり
、蛙の口に爆竹を挟んで爆発させたりする様な事も平気だ。
それが、幼さや純粋さをまとうと、大人から観て残酷なこういった遊びも、たわ
いもなく見えてしまう。

 しかし、大人の行動の結果は、責任や情理の結果であり、子供の至らなさは教
育によって、残酷さも、分別の無い純粋さも、矯正が出来る。
ある意味で言うと、本当の大人は強敵でないし、本物の子供には問題は無い。
だが、ここで問題なのは、いつまでも子供っぽいと言われるよう演技し、自分の
成熟を誤摩化す連中。人間は肉体的な成熟と、生活経験年数によって否応
でも無意識に成長し老成する。大人に成れば分別の無い純粋さは否定される
し、行き過ぎた残酷さは避難されるはずだが,,,,,,,,,。
こういった連中は、社会に多く居て、幼さや純粋さをまとって、やりたい放題の
迷惑を人に掛け、言いたい放題の放言を垂れ、何故か認められ注目される。
分別の無さは純粋さと勘違いされるし、行き過ぎた残酷さは恐れられる。
そして、得てして事なかれ主義の日本社会に風穴を開け、色んな分野で革新の
風を起こす。

社会に居る本当の強敵は、こういう風な赤ずきんを巧妙にまとったオオカミで
ある。

本物の赤ずきんちゃん!!
並びに、演技が下手で、お宅がばれた赤ずきんちゃん、気をつけてね!
(そこの2chの君!お前だよ!!)

大人って汚い!大人って狡い!
(あっ、俺も大人ヤンケ!バレない様に気ーつけよ、金もーけせなあかんもんね?)

なに、なに?そのオオカミって、お前の事だろうって?
そう、君だけには、俺の本当のスッポンポンが観られちゃったかもね…….。!?

でも、最高のストリップのコツって何か知ってる?
脱ぐふりだけで、実は何も脱いでないんだよ?って言うのが頭のいいやり方。
でも、今回はちょっと脱ぎすぎたかも????。
チョットダケヨ?ってね!
(私は自分が怖い!!ナーンチャッテ)

2007-2-4 Sunday

精査

Filed under: 前田日明ブログ — Maeda Akira @ am 4:53

一昨年より、支部長として主宰する解粉塾銀座勉強会の関係で、現重要文化財
を実見する。
調書
指定 重要文化財 無銘 太刀 伝光忠 
2尺7寸2分、反1寸2分、元幅9分8厘、元重2分8厘 
腰反り踏ん張りあり、猪首切先常よりふくら枯れる。
表裏、棒樋角留、左棟中程、樋上部に打ち込み傷有り。

小板目肌詰り、精微な小沸状の地沸微塵につく。地金精美、匂い口明るく冴
える。

佩表、丁字乱れ、蛙子丁字及び、尖り風の互の目交え、物切りより下半、刃低
   く小模様に成り全体に乱れ映りたつ。
佩裏、小丁字乱れ、小模様に連なる。物切りより下半、刃低く更に小模様に成
   り全体に乱れ映り立つ。
佩表裏とも、はばき上に焼き落とし有り。

帽子わずかに乱れ込んで返る。生中茎、切に近い栗尻、鑢、勝手下がり。
孔2

光忠は、鎌倉中期頃の人で、備前長船派を創始した巨匠、その直系には
その子に長光、孫に景光、曾孫に兼光と、名匠に暇が無く。その名跡は
、室町末期の天正年間の末備前頃まで続く。
織田信長は光忠を愛好し、その在世中に32口の光忠を集め愛蔵していた。
現存の光忠も、国宝、重文、重美を含め約30口の現存しか無く、現在
残っている光忠は、すべて一度は信長の愛蔵の中に有ったといっても過言
では無い。
この太刀は、世上、最上光忠として有名な太刀で東北の雄、最上義光公所持
として有名であるが、その来歴を、古い押し型集及び織田信長公文書、徳川
実記等でたどると、足利義輝→織田信長→最上義光→豊臣秀吉→秀頼→徳川
家康、秀忠(京都二条城会見時)というこの太刀と思われる来歴がたどれる。

重要文化財証書をみると、認定時の所持者は、最上家の家老職を先祖にもつ
方が認定時の所持者に成っている。江戸幕政時代に最上家に戻ったのであろ
う。

これぞ、まさに眼福、太刀に残るいにしえの武将の残留思念をたどり、彼ら
の魂に触れ、その夜はいつもの様に、オールスターの興味深い夢を見る事が
出来、(でも、これをやるから刀やるなって言われるんだよね。)本当に幸せ
で切実な夜を味わう。

実は俺、光忠3口持ってるもんね?。(これが言いたかったのさ??)

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