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	<title>RINGS.CO.JP</title>
	<link>http://www.rings.co.jp/blog</link>
	<description>前田日明 オフィシャルBLOG</description>
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		<title>自分の傷は自分で舐めろ　！</title>
		<description><![CDATA[天の命これを性（さが）と謂（い）い、性に率（した）がうこれを道と謂い
、道を修（おさ）むるこれを教えと謂う。
天が人に授けたものを人の性という。その人性の自然に従うこと、これ
を人の道という。その道を修めること、これを教えという。
天命之謂性、率性之謂道、脩道之謂教。（中庸）
孔子の『中庸』、最初に出てくる言葉である。天には一つの考えが有り、
目的が有り、その目的から命令を出して、かくあれと人間に与えられた
もの、それが人間に与えられた、それが人間の性（さが）であり、その
『性に率（したが）う』、つまり人情に従うことが人間の道であり、その人間
の道を修めるのが人間の教育である。
ここに言っている教育とは、誰かに教えを請う物ではなく、あくまで人間
自身に本来備わっている素質に気付く事が人生にとって重要な目的で
あると主張している。
中庸をはじめとする四書五経は、昔の日本人の精神の根幹をなす物で
、幼少の頃よりの素読を通して精神に刷り込まれた。
それは明治の元勲、戦前の日本人の精神風土をも形作った。
日本人の精神の根幹である武士道。
昔の日本人にとって人生の意味、それは天命を全うするの一言に尽きた。
彼らは、知仁勇を武器に自分自身の天命を知る事に命の火を燃やした。
それは、信長に代表される戦国武将、幕末の吉田松陰に代表される維新
の志士、時には敵味方にわかれて戦い、文字道理命をかけて自分の天命
を、存在の意義を問うていた。
知、仁、勇　本来は知識、人間愛、勇気、この3つは物事をなすべき真人に
要求される達徳であるが、孔子の言葉にこういう言葉がある。
学を好むは知に近く、力行（りょくこう）は仁に近く、恥を知るには勇に近し。
これを、実存的に翻訳すれば
努力を好む事は知に近く、成すべき事を継続して行く事は仁に近く、恥を
知る事は勇に近い。
知仁勇は難しいと言っても、学を好み、力行して、恥を知る心がけを保っ
ていれば、いつかはこの三徳を実現するのである。
若者よ、君に知仁勇の気概はあるか？
自分の人生を、生きる意味を自ら創造する覚悟はあるか！
現代社会に生きるもののふ達よ、オマエの天命は、存在意義は何だ！！
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		<link>http://www.rings.co.jp/blog/?p=68</link>
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	<item>
		<title>檄　　若者よ立ち上がれ　！！</title>
		<description><![CDATA[天下布武
織田信長が戦国の世に終止符を打つべく天下統一事業に着手し、その決意を
打ち出した時に使われた有名な言葉である。
現代的な多くの解釈は、『武家の政権を以て天下を支配する』という単純な
解釈で終わっているがそうではない。
織田信長が本当に言いたかったのは、『武の七徳を以て天下の正名を問う』
と言う事ではないだろうか。
ここで言う、武の七徳とは、
暴を禁じ（暴力を禁じ）、兵を止め（戦いを止め）、大を保ち（民衆の支持を
得）、功を定め（賞罰を正し）、民を安じ（太平を実現し）、衆を和し（争いを
予防し）、財を豊かにする（貧困の無い世の中の実現）。
又、正名を正すとは、
中国の春秋戦国時代に盛行し名実論ともいわれ、名称と実質との一致を
志向する思想である。
政治の急務は名を正す事に有りと。
それが証拠に、信長が正親町天皇に働きかけて改元した年号である
『天正』の意味を考えると、正に天下の正名を問うと言う決意がこの元号に
表現されている。
又、美濃攻略後に五山僧である沢彦宗恩の意見をいれ、岐阜城の地である
井の口を『岐阜』と改名した。
岐阜の命名は中国の周の文王（後世、聖王と崇められ、為政者の手本となっ
た）の故事『周の文王、岐山より起こり、天下を定む』とある様に、岐山（ぎざ
ん）に拠って天下を臨んだ事にちなんでおり、信長の志が窺われる。
信長は周の聖王を理想とし様々な改革に乗り出した。（岐阜の阜は丘の意味）
戦国時代、日本国内の様々な社会規範は崩壊していた。
比叡山焼き討ちは、後世、信長の残虐性を現す行動として名高いが、当時の
比叡山は僧兵等の武力を背景に、女犯、妾、稚児（少年愛）だけならず、巨大
な金貸業を展開し、独自に酒造業者に税を課し、政治にまで口出しすると言う
様に、宗教者としての本分を忘れ、荒廃は極みを呈していた。
一向宗に対する迫害も、信長側から見れば、
仏に仕える身で在りながら出家者の女犯を平然と肯定し、悪人の正機説を宗
旨し、宗徒をも軍事に駆出す。そこには世の秩序を乱しても自らの利益を守ろう
とする犯罪者集団にしか見えなかったのだ。
残虐性だけが問われる信長だが、すべては彼の持つ青年の様な純粋な理想の
実現から来たものではないだろうか。
現代の戦国時代に生きる気概に溢れる若者よ、立ち上がれ。
そして信長の様に、この世にあるすべての物の正名を正せ　！
]]></description>
		<link>http://www.rings.co.jp/blog/?p=66</link>
			</item>
	<item>
		<title>檄</title>
		<description><![CDATA[曰く、『臣にして其の君を弑（しい）するは可成らんかと。』
曰く、『仁を賊（そこ）なう者は、之を賊（ぞく）といい、義を賊なう者は
、之を残と言う。残賊の人は之を一夫と言う。一夫の紂（ちゅう）を誅
せるを聞くも、未だ君を弑するを聞かざるなり。』
（『孟子』梁恵王下編）
昔、戦国時代を現す言葉に「下克上」と言う言葉が有った。
臣下が私的な野望を実現する為に、君主を裏切りによって滅ぼし成り
代わる泥棒行為だと、世間一般には認知されている。
それは、無秩序な乱世の象徴的な言葉として使われた。
しかし、戦国時代が始まろうとする室町時代中期に入って来た
孟子の思想の中に、
仁を破壊する者は賊と呼ばれ、義を破壊する者は残と呼ばれる。
残賊なる人間は、たとえ何様であろうと、卑しい者に過ぎない。
従って、君主が残賊であれば、臣下が滅ぼし成り代わるのは当然である。
と言う思想、つまり孟子の革命思想がこの時代に日本に入って来たのだ。
度重なる戦乱の中、孟子の思想を背景に立ち上がった戦国武士達は、
新しい価値観のもと、正義を実現する為に、文字どうり存亡を懸けて自分の名
を挙げようと行動した。
下克上の背景には、己の信じる正義が有ったのだ。
今の日本は、資質のいかんに捕われず、何の挫折も知らない大馬鹿者共が、
政治、経済、教育、マスメディアを操り、社会は混乱の極みに達している。
こんな時代だからこそ、社会そのものが下克上を待っている。
混沌とした時代には、大きなチャンスが眠っているのだ。
挫折の中に居る奴らよ、立ち上がれ。
蹉跌の中で自分を捨てなかった奴らよ、行動しろ。
世の中、こんなにチョロい奴らが幅を利かせている。
お前達が主役の下克上の世界を見せつけてやれ。
お前達の本当の人生はここから始まるのだ。
]]></description>
		<link>http://www.rings.co.jp/blog/?p=65</link>
			</item>
	<item>
		<title>「THE OUTSIDER」大会概要</title>
		<description><![CDATA[実施概要
■開催日　2008年3月30日（日）　開場14：00　開始15：00
■会場　東京・ディファ有明　東京都江東区有明1-3-25
http://www.differ.co.jp/
■ルール
HERO&#8217;S総合ルール　但し、ラウンド数は３分×３ラウンドとする。
■出場資格
年齢16?35歳まで、プロでの試合経験が3試合以下の者
■持参して頂くもの
トランクス、ファールカップ、マウスピース、バンテージ

「THE OUTSIDER」の出場応募は締め切りました。
多数のご応募、ありがとうございました。
「THE OUTSIDER」に関するお問い合わせ　（03）3746-0065
]]></description>
		<link>http://www.rings.co.jp/blog/?p=62</link>
			</item>
	<item>
		<title></title>
		<description><![CDATA[
]]></description>
		<link>http://www.rings.co.jp/blog/?p=61</link>
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		<title></title>
		<description><![CDATA[
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		<link>http://www.rings.co.jp/blog/?p=60</link>
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	<item>
		<title>義を見てせざるは勇無き成り</title>
		<description><![CDATA[シンポジウム
長井健司さん殺害に抗議して
「最前線ジャーナリストの真実」
１２月１日（土）１２時３０分?１４時３０分（開場１２時００分）
日本記者クラブ（日本プレスセンタービル）１０階ホール
千代田区内幸町２?２?１
入場無料・当日受付（先着１５０名まで）
【パネリスト】
山路徹（ジャーナリスト、ＡＰＦ通信社代表）
石丸次郎（ジャーナリスト、アジアプレス大阪事務所代表）
高世仁（ジャーナリスト、ジン・ネット代表）
主催「ミャンマー軍による長井さん殺害に抗議する会」
nagaikenji20070927@mail.goo.ne.jp（メール）
参加希望の方はできましたら事務局までお名前を事前にメールしてください。
メールをいただけていない方は、
当日人数超過の場合のみ席数の都合で入れないこともあります。
]]></description>
		<link>http://www.rings.co.jp/blog/?p=31</link>
			</item>
	<item>
		<title>回想</title>
		<description><![CDATA[今年も、９月２２日の命日が来るたびに故坂井三郎さんの事を思いだす。
坂井さんの著書、中でも「大空のサムライ」は、中学２年の時に初めて読んで
以来、一連の著書と共に今でもおりに触れて読んでいる愛読書だ。
戦争の是非はともあれ、戦記文学ほど戦争と言う現実の厳しさを通して、人間
の有り様を強烈に描いているものはない。

　坂井三郎氏は、昭和十三年の支那事変参戦以来常に最前線で戦い、
昭和十六年九月後に、最強の日本海軍戦闘機隊と言われた台南航空隊に
開隊以来の先任搭乗員として参加し、日本海軍航空隊有数のエースとして
、撃墜数六十四機を記録する撃墜王だ。
戦闘中四度の負傷し、中でも昭和十七年八月、ガダルカナルでの負傷時には
頭部に機銃弾を受け、左半身麻痺と右目の失明と言う状態に成りながら、四時
間の飛行の後、ラバウルにある基地に奇跡の生還をはたした。また昭和十九
年七月には、神風特攻隊で有名な敷島隊（大戦果を挙げて有名になった特攻隊
）の三ヵ月まえに硫黄島の基地より特攻攻撃に出撃し、九死に一生を得て帰還。
さらに特筆すべきことは、自分の小隊の列機（部下）を一人も死なせなかった。
これはあの当時の戦争の状況を考えると、奇跡としか言い様のない事だ。

坂井氏とお会いするまで、自分は旧日本海軍の職業軍人の前歴を持つ
人達と話した経験がなく、戦前の旧軍人の人としての雰囲気は戦記を通して
想像するのみで、特に旧日本海軍戦闘機隊の隊員であった人達は激戦につぐ
激戦と、戦争後期の無謀な神風特攻によってほとんどの人が戦死し、さらに戦後
六十年たった今では御健在な方がいなく、戦前からの職業軍人と言われる人に
至っては、皆無と言って言いくらいにいない。当時、数少ない生き残りとして謹厳
実直、戦死者に成りかわって、戦争の実態を精確に旧日本海軍の職業軍人当事
者として語っていた。記憶の精密さ、こちらの質問の趣旨に沿って展開する論理
の的確さ、話題を問はない洞察力を持ち、下士官から叩き上げの特務士官とは
こんな凄い人たちだったのかと驚いたものだった。
２０００年の逝去一カ月ほど前自分と最後に交わした会話も、「今年の終戦記
念日は、外人記者クラブで大東亜戦争について問題発言するぞ。」と、意気軒昂
であった。
そんな氏の言葉は、生死を達観した者のみが持つ不思議な明るさと重みを持っ
ていた。

坂井氏と話していると色々と勉強になったが、中でも面白いと思ったのは日
本のオリンピック不信の話しで、「なんで今の若い選手は、期待されるということ
がプレッシャーになるのか？」「普通はこんな自分が、こんなにたくさんの人に期
待してもらう事に感激して、死んでもいい気持になれば、プレシャーが自分に運
と力を呼び込むのに」と。
そういえば昔、誉と言う言葉があった。

最後に坂井さんから聞いた話しを一つ、ある時、旧海軍のゼロ戦搭乗員の
生き残りで構成する、「ゼロ戦搭乗員会」に出席した時の在りし日の坂井さんと
昔の部下の会話。
「分隊士、お別れに参りました！」
「どうしたんだ？」
「この度、医者よりガンを宣告されました！」
「そうか、貴様もついにお迎えが来たか、じゃ、来年はもう会うことも無いな。」
「そう思ってお別れを言いに参りました！」
「来年は忙しいのでお前の葬式には、いけないなぁ、だから香典は今やるよ」
「さすが分隊士！　じゃ、財布ごと全部頂きます！」
「財布は勘弁してくれよ。」
「分かりました、じゃ、香典だけ、ありがとうございます！」
ここまで話した後、坂井さんはニヤリとした。
「どうしたんですか？」と自分が尋ねると。
「そいつ&#8230;..。三年たった今も、まだ生きているんだよ。」と真剣な顔をしていった。
「冗談だったんですか？」と、自分が尋ねると、坂井さんは遠くを見つめながら、
「なぁに、あの戦争でも死ななかった奴だから、癌ぐらいでは簡単にはやられんさ。」
と言って、子供みたいな顔になって、笑った。
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	<item>
		<title>九月二十四日「リングスファンミーティング」の風景</title>
		<description><![CDATA[


]]></description>
		<link>http://www.rings.co.jp/blog/?p=29</link>
			</item>
	<item>
		<title>要請</title>
		<description><![CDATA[読書の秋ですが、今、現代語訳の仏教経典に嵌ってます。
片っ端から読んで結構行き着いた所も有るんですが、手に入らない物も結構有
ります。
色々探しているもんが有るんですが密教経典金剛頂経に関しての文献で、高野
山大学で発行された「高野山大学論叢」第3巻1968年３月所収と、堀内寛仁教
授の書かれた「初会金剛頂経」出来れば四大品+教理分の含まれた物、（金剛
界品、降三世品、遍調伏品、一切義成就品）を探しています。
どっかの古本屋で見かけたとかの情報を教えてもらえたらと思っています。
特に、堀内寛仁教授の書かれた「初会金剛頂経」四大品+教理分は手に入る事
が出来たら、チョー嬉しいです。
お持ちの方で、譲るという方がいらっしゃったら紹介して頂けたらと思います。
求む情報　！！
活字中毒の重体患者より
御心配なく、新興宗教の教祖に成るつもりは有りません。
]]></description>
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